情報発信コラム:スペースクリエーション アイ

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第19回 スペースクリエーション アイ
地方都市商店街の過去と現在、そして将来

2013年2月
タテヤマアドバンス 商業施設営業部 部長付  岩田 良成

 昨夏に高岡市より異動となり、東京での単身赴任生活も半年が過ぎました。大都市での生活は生まれて初めてですが、東京の大規模な商業施設あるいは駅前商店街の賑わいを見て、今まで私が住んでいた高岡市商店街との違いに驚き、過去の高岡駅前商店街の賑わいを思い出しつつ、故郷高岡市の過去と今後について考えてみました。

 高岡市は古い町です。歴史的に見ても古代、越中国の国府として栄え、大伴家持が国司として赴任した時代は家持によって、多くの歌が万葉集に詠われたことにより、高岡市が『万葉の里』と言われる所以になりました。近世では戦国時代末期、前田利長(加賀藩2代目藩主)の高岡開町によって現在に繋がる歴史が始まり利長の死後、一時衰退したものの前田利常(加賀藩3代目藩主)の政策により商工業の町として繁栄を取り戻し、現在に続く銅器産業、鋳物産業、そしてアルミ産業の基礎が築かれたと言われています。

 1889年4月1日に施行された市制により、日本初の市の誕生30市の一つとして名前を連ねることになりましたが、非県庁所在地としては稀なケースでした。当時の高岡はそれほど繁栄していたという証左でしょう。

 話を現在に戻すと、過去の繁栄にもかかわらず今の高岡駅前商店街は休日でも閑散としており、その衰退は目を覆わんばかりの状態です。子供の頃は休みに両親に連れられて駅前商店街へ出かけたものでした。中心商店街である末広町、御旅屋通りはともにアーケードに覆われ、休みともなると大勢の人で賑わっていました。モータリゼーションが発達していなかったこともあり、商店街は人であふれ子供の私にはお祭りのように感じられたものです。昔の駅前商店街の賑わいを知っている世代には現在の衰退は隔世の感があると思います。

 なぜこのような状況になってしまったのか、将来の町の姿も踏まえて考えてみました。
 駅前商店街は再開発事業に乗り遅れた経緯があります。地権者の一部が用地買収に応じず、計画に大幅な遅れを生じた事が現在の衰退を招いた要因ではないかと言われています。再開発が進まないうちに当時田畑ばかりだった高岡駅南口にダイエーがオープンしました。これが契機となって周辺のインフラ整備が進み、ついで同じく高岡駅南地区に大型駐車場を備えたサティがオープンしました。当時すでに車社会になっていた高岡の消費者は、駅に隣接したダイエーよりも広い駐車場を持つサティをより好むようになり、ダイエーが衰退(後に撤退)、サティが駅前商店街の客を独占した状況になりました。これにより、駅前商店街の衰退は決定的になったといっても過言ではないと思います。さらに2002年イオンモール高岡店が駅南地区にオープンし(当時は北陸最大級)サティが撤退、現在はイオンの一人勝ちになっています。

 では、駅前商店街には将来の希望はないのでしょうか?
 そうではない。復活のチャンスは北陸新幹線の開業と、商店街の活性化策の成否にかかっていると思います。新幹線開業に伴う周辺整備、商店街の閉店した店の有効利用等、すでに始まっている試みもあるのです。

 新幹線駅舎から現在の駅舎までの間の町並み整備計画や国宝瑞龍寺から続く八丁道、前田の陵と呼ばれる利家公の陵墓、高岡大仏、旧高岡城跡の古城公園など、街なかには集約された有望な観光資源も多く、さらにシャッター商店街にも若い起業家やUターン組に店舗の貸し出し支援などの商店街活性化策が実施されています。しかし、今後は単発ではなく、観光資源を含めて商店街全体を一つの商業エリアと考えた再開発は出来ないものでしょうか。そこに駅前商店街復活のカギとチャンスがあると思います。

 もともと商都と言われた故郷高岡です。北陸新幹線の開業を契機に地域全体で再び高岡を活性化させようとする気運が盛り上がってきている中、時代に合わせた駐車場等のインフラ整備も含めた新しい再開発を行えば、きっと私の記憶に残っている賑やかな駅前商店街に生まれ変わり、魅力ある高岡が復活すると信じています。


前田利長墓所遠景

墓所入り口

墓所沿革

国宝瑞龍寺から続く参道「八丁道」

八丁道の石碑

駅前商店街(末広町)

御旅屋通り商店街入り口

富山市と異なり戦災を免れた高岡市は、歴史・文化資産を生かしたまちづくりが可能な街です。ただし、魅力的な歴史文化都市となるには、近代的都市機能と伝統的街並み保全が共存することが大切であり、そこに動と静のコントラストの調和が生れます。金沢や鎌倉、松本などは好例ですが、共通するのはどこも女性目線での環境づくりを大切にしています。高岡の再生には、女性が主役になれる中心市街地の界隈空間づくりが欠かせません。スペースクリエーションの知恵を結集し、ワクワクドキドキする街にしたいものです。
(商い創造研究所・松本大地)

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